君との春に色を見る
二人で過ごす、ある春の日
- 午の刻 -
「春爛漫だな!」
「はしゃぎすぎると危ない」
花びらを掴もうと空へ手を伸ばすものだから、落ちないよう腰に手を添えてやる。
ひらひらと桜吹雪が舞う中、無邪気にはしゃぐその姿は
いつかの昔に、自分が遠くから見ていた彼の姿を思い出させた。
「桜を見たい」と言ったことは……正直あまりはっきりと覚えていなかった。
それに雲深不知処の敷地内にある大きな桜の木は充分立派だし、
わざわざ遠出をしなくても…と思っていたが、足を運んで見れば存外良いものだった。
花びらを追いかけるのに飽き、今度は目の前にいる花のような美人で遊ぶことにした。
最初は手元で髪をいじるだけだったが、ふと思いついた遊びを早速提案してみる。
「ずっとやりたかったんだ。お前には花が似合うだろう?」
美しいものが美しい花に飾られたら、どんなに酒が美味いだろうか!
相手の返事を待つことなく、脚の間にどっかりと陣取り、
好き勝手を許されている特権を存分に堪能する。
まるで墨染の絹が宙に舞っているかのような、美しい艶のある黒髪を
時折指先で遊びながら、遠慮のない手つきで編んでいく。
そこに、道中で摘んだ、まるで幼子が花冠でも作るかのような
たいそう可愛らしい花を乗せてやれば、完成だ。
「できたぞ!ハハハッ、まるで花畑にいるお嬢さんみたいだ」
「これは…」
自分で試しておきながら、あまりに可愛らしい姿が出来上がったので
しばらくの間、腹を抱えて笑ってしまった。
遊ばれた当の本人はというと、不満を言うつもりはないようだが、
そんなに面白いのかとでも言いたげな顔をしており、さらに笑いを誘われる。
「見てみろ、満天の春だ」
広がる春の色と、それを飾る花吹雪を眺めながらぐいと酒をあおり、
機嫌が良さそうに背中をこちらへ預けてくる。
「魏嬰、楽しい?」
「楽しいさ!どんな景色より美しい花見だ」
満足そうな彼の表情に思わず少しだけ口角が上がってしまった。
そうさせた本人は向こうを向いており、気づいていないようだが。
以前より少しだけ重さが増したその身体に、思いきり抱きつかれる。
「なあ藍湛、また来年も来よう。すごく楽しかったんだ」
「もちろん」
回された腕を愛おしく思いながらそっと握りかえした。
何気ない日常を迎えながらひとつ、また一つと約束を増やしていく。
それが当たり前に出来ることをふと思い出し
柄にもなく、少しだけ鼻の奥がじん、となった。
気づかれる前に、それを誤魔化すように勢いよく腕に飛び乗る。
「ああ、腹が減ったよ。早く帰って飯を食べよう。今日は酸菜魚がいいな」
「うん。わかった」
慣れた手つきの腕に抱きかかえられながら
春色の祝福を浴びて、帰路につく。