君との春に色を見る
二人で過ごす、ある春の日
- 亥の刻 -
夕餉には希望通りの酸菜魚を作った。一口運ぶなり、
「また腕が上がった?お前は本当にすごいよ」という言葉を投げられたが、
未だ彼の心からの賞賛には口角が上がってしまいそうになるのを抑えられない。
まもなく戌の刻になるかという頃。
腹を満たし、沐浴を終え、乾いた花の栞を挟んだ書を読みながら
静かな二人の時間を待つ。
酒を持って厠から戻ると、手本のように綺麗な姿勢で本を読む道侶の姿があった。
手元の本には見覚えのある栞が挟まれており、
「まだ使ってるのか」とからかうように顎を撫でてやる。
寝床の上に横になりながら、お世辞にも良いとは言えない姿勢で
今日最後の酒をゆっくりと流し込む。
美人を眺めながらの酒は格別だ。
何度同じことを考えたか分からないが、
こいつに関しては、何度見ても飽きない顔なのだからしょうがない。
ぼんやりと、しばらく作り物のように端正な顔を眺めていると、
その綺麗な顔に付いた玻璃色の瞳から、熱い視線が返ってくるのを感じた。
「なんだ?そんなに熱い視線を注がれたら顔に穴が開いちゃうよ」
そういたずらに笑って見せたのを合図に、酒の香りと檀香が深く混ざり合った。
膝の上に抱えられ、抹額を飾り紐かのようにして遊んでいると、
ふいに強い力で抱きしめられる。
「どうしたどうした、急に。何がそんなに不安なんだ?」
羨兄ちゃんに言ってみな、とあやすような口調で話してやるが、
返ってくる言葉はない。それでも意図は分かっている。
「大丈夫だよ。ここにいる」
「…うん」
よしよしと頭を撫でてやりながら、
とんだ大きな赤子だな、と笑ってやるのだった。
愛おしさを噛み締めながらも、馴れた手つきで抹額を外してやると、
先程までひんやりと漂っていた白檀の香りが途端に熱を持ち始める。
けらけらと笑いながら減らない口を叩いていると
ついに「少し黙って」と怒られてしまった。
このやりとりをするのも何回めだろうか。
口から生まれたような男なのだから、
そんなことを言われて黙れるはずもないのだが。
「お前のその顔、やっぱり最高だ」
そんなことを考えながら、
あたたかな手の温もりをじんわりと感じていった。
いつか本人にも伝えたが、やはりこの怒った顔が好きだ。
珠のように透き通った肌に付いている端正な顔立ちは、
怒っていてもいっとう綺麗だし、何度見たって飽きるわけがない。
もうすぐ亥の刻になろうかという頃。
胸の上で動く呼吸がだんだんと規則正しくなるのを感じ、
ようやく自分も意識を手放そうとする。
胸元に静かな鼓動を感じながら、今日の出来事を噛みしめるように振り返り、
健やかな寝息を立てる彼に、一日の終わりを告げる言葉を静かに落とす。