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君との春に色を見る

​二人で過ごす、ある春の日

​- 卯の刻 -

いつもと変わらない、卯の刻ちょうどの起床。

幼い頃から習慣づいた一日の始まりに、身体は自然に覚めていく。

​髪を結い上げ、皺のない衣に袖を通す。

抹額を身につけたところで全ての身支度が整い、朝の瞑想へ入る準備をする。

ただこれは、少し前までの話だ。

​今は、なによりやらねばならない​事がある。

「魏嬰、おはよう」

「う…」と少し枯れたうめき声のような音を出しながら、

いつものように​手のひらへ頬擦りをされる。

早くその瞳に自分を映してほしい。

そんな想いも虚しく、寝床の主は健やかな寝息を立て続けている。

​寝台から転がり落ちそうになっても一向に目覚める気配がない。

 

卯の刻から始まり、巳の刻が終わるかという頃まで、

諦めずに声をかけ続け、また頬擦りや手のひらへ口づけをされる。

いくつかの勤めを終わらせ、そろそろ陽も高くなるかという頃。

​懲りずに何度も声をかけ、その身体を揺すり続けていると

ようやくちいさな意識のある声が聞こえてくる。

「おはよう​、藍湛」

未だ夢うつつのなか、襲い来る眠気と戦いつつも、

今日も愛おしい声に起こされ朝を迎えたことに一瞬で胸がいっぱいになり、

​いつものように頭を寄せてぐしゃぐしゃと揉んでやる。

ただ今日はいつもより熱心に起こされたため、髪を梳かされながら

「まだもう少し眠れる時間じゃないか?」と不満をこぼした。

「桜を見に行こうと」

「桜?」

自分も覚えているか定かではないくらいの、

疲れて眠りに入る直前にぼそぼそと小さく呟いた言葉だったが、

それを彼は覚えていたのだ。

「うん。君が見に行きたいと言っていた」

「ああ、そうだった。確かに言ったな!」

口にも表情にも出さないが、そんな熱烈に「行きたい」と意思表示をされれば

眠気もすぐに吹き飛んでしまった。

「そんなに楽しみだったのか?ハハハッ、行こう行こう。​そうだ、酒も用意しよう」

「あいつ、また乙を付けられたのか。ハハハハッ」

​すぐにでも出かけようと思っていたが、そうもいかなかった。

誤字を理由にまた低評価を付けられてしまった弟子の記録を見ながら

けらけらと笑い転げている彼が体重を預けてくる。

「忘れないうちに新たな呪符の記録を記しておきたい」

また何か新たな呪符を作っているようだが、呪符の効果を尋ねても

「言ったらつまらないだろ」といたずらに笑うだけで、

​その答えを聞かせてはもらえなかった。

「こんなもんだな」

一炷香ほどが経ち、何やら呪符について以外にも

落書きが床に散らばっているが、無事に記録を終えたようだ。

香炉の煙も丁度良くたゆたうのを止め、外出の準備をする。

 

​「よし、行こうか」

​「うん」

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